COLUMN

​コラム

東京造形大学とアニメーション(1)

[文]小出正志 Masashi Koide(東京造形大学教授)

東京造形大学造形学部デザイン学科アニメーション専攻領域(以下、アニメーション専攻と記す)は2020 年4 月、開設から満17 年を迎えた。

2003 年以来、東京造形大学のアニメーションといえば、“アニメーション専攻とそのアニメーション(教育・研究、学生、作品、などなど)”ということになるが、2003 年に突如として東京造形大学にアニメーションが舞い降りてきたわけではなく、専攻新設に至る歴史もあれば、専攻とは関わりない、いわば並行的な存在としての東京造形大学のアニメーション(もう一つのZOKEI ANIMATIONS)もある。

東京造形大学における学生の自主的なサークル活動などについては、別稿の木船徳光教授によるコラム記事に譲るとして、ここでは造形大におけるアニメーションとその教育について扱うことにしたい。

 

東京造形大学の創立は1966 年、2016 年に創立50 周年を迎えた。私が学生だった頃から教員として入職した後も含めて“若い大学”といわれた時期が長かったが、既に“若い”とはいえない歴史を積み重ねた大学である。しかし例えば東京五美大と呼ばれる在京美術・デザイン系大学の中では最も新しい大学であり、そのことは東京造形大学の教育・究の傾向に少なからず影響を与えている。既存の古い在京美大・芸大の多くが大学開設時には美術の領域を基本とし、デザインの領域は副次的あるいは後に増設された存在といえるが、東京造形大学はデザインと美術を「造形」という概念で総合する大学として開学した日本最初の「造形大学」であり、ある意味で日本最初の“デザイン大学”である。○○美術大学ではなく、○○造形大学という名称の本質的意味は大きい。もちろん世間一般や在学生・卒業生の多くがそれを認識しているとはいえないかも知れないが。桑沢洋子先生や勝見勝先生ら建学に関わる人々が示した「現代造形」の理念や、時代を先んじた概念を教育の場に取り入れた「ビジュアルデザイン」や「室内建築」、「映像」などの学科構成に見られる進取の気性に富む大学の発展は、その後の日本最初の本格的な大学アニメーション教育課程の開設につながっているといえるだろう。

 

 

 

限られた資料や情報などに基づいて考えられる最初の大きな転換点は、写真専攻の映像専攻への改組である。桑沢デザイン研究所の伝統を受け継ぎ建学当初から写真教育に力を入れ、写真専攻を開設していたが、1971 年に写真と映画(ムービングイメージ)を総合し新たに「映像」の概念の元に再出発した。日本の大学の学科・専攻名に「映像」が用いられた最初期の事例の一つである(同年に大阪芸術大学に映像計画学科が開設されている)。

映像の概念と名称は、長らく写真と映画が基本であったが、映画に代わりテレビが映像メディアの主流になり、カメラによる映像に加え、コンピュータグラフィックスなどの非写真映像も登場してきた一つの時代状況、時代精神の反映であるといえる。なお同時期の1974 年に日本映像学会が創立されている。

 

 

 

いずれにしても東京造形大学に映像の教育・研究領域が組織化されたことは大きい。もちろん当時の映像専攻は写真と映画を二つの軸とし、映画はいわゆる実写映画・映像が基本であり、当時の映像専攻の授業科目名にも「アニメーション」は登場しない。

特筆すべきは1968 年度に助教授として着任した松本俊夫先生(1971 年度退任)の授業の中で行われた「キネカリグラフ」(フィルム・スクラッチング)の実践である。1969 年度版の大学案内にある「映画実習I」(担当:松本俊夫助教授/波多野哲朗講師)の説明には「映画」では,実際に映画を作らせますが,最初はフィルムと映像の関係を身につけるため,まずキネカリグラフやモンタージュの実験を重ね,その経験の上に,8m/m ないし16m/m で,脚本から撮影・編集録音にいたる映画製作の基礎を教えます. 4 年では,もっと現代の表現課題を掘り下げていく自覚を強めます.」とある。波多野哲朗先生(1969 年度専任講師着任、1971 年度助教授就任、1981 年度教授就任、2000 年度定年退任)によればフィルムに慣れるための課題とはいえ、抽象的な表現を試みる学生がいるなどかなり面白い作品が多かったという。

当時の映像専攻には実験工房、グラフィック集団に参加し、『KINE CALLIGRAPH』(1955年、1986 年再制作)の作者でもある大辻清司先生(1967 年度助教授着任、1972 年度教授就任、1976 年度定年退任)が在職していた。秋山邦晴先生の「音学」、長田弘先生の「詩学」などの斬新的な授業も開講されており、その先進性を窺い知ることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の転機は1979 年に実験映画・映像作家のかわなかのぶひろ先生が専任講師として着任したことである(1982 年度助教授就任、1991 年度教授就任、2005 年度定年退任)。実験映画とアニメーションは親和性が高く、領域的にも重なる部分が多く関わりが深い。実際、かわなか先生の授業では様々な実験映画・実験アニメーション作品の鑑賞やビデオテープ式のクイックアクションレコーダー(QAR)用いた実習などが行われたが、映画(実験映画)やビデオの授業を通じて、映像専攻以外の学生にも大きな影響を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1981 年、東京造形大学は開学以来続いた教育運営制度を大きく改め、それまでの2 学科7専攻(デザイン学科VD(ビジュアルデザイン)専攻、同ID(インダストリアルデザイン)専攻、同室内建築専攻、同TD(テキスタイルデザイン)専攻、同映像専攻、美術学科絵画専攻、同彫刻専攻)を再編し、2 学科4 類(デザイン学科I 類視覚伝達計画、同II 類環境計画、美術学科I 類絵画、同II 類彫刻)19 コースとした。専攻単位に閉じていた観のあった教育や施設がかなり共通化・共有化されている。授業科目の再編・新設も数多く行われ、デザイン学科共通の基礎的な技術科目(専門第二科目)として新たに「アニメーション」の実習授業が開設され、これが東京造形大学開学以来初の「アニメーション」という語を用いた授業科目である。初代の担当者は海本健先生(1966 年度助教授就任、1971 年度教授就任、1992 年度〜1999 年度学長就任、1999 年度退職)であり、1992 年度からは海本先生の学長就任に伴い木船徳光先生(当初非常勤講師、2001 年度助教授着任、2009 年度教授就任)が引き継いだ。

この間、1991 年度から「映像科学B」を木船徳光先生が非常勤講師として担当し、アニメーションの内容を取り入れる授業を展開したことは、その後のアニメーション専攻創設につながる大きな出来事である。1992 年度には「映像特殊講義」で高畑勲氏や池田宏氏、小田部羊一氏、宮崎駿監督ら旧・東映動画のスタッフの方々が特別非常勤講師として講義を行い、1996 年度には「アニメーション研究」をテーマとした総合講座が開講されるなどした後、1998 年度から越村勲先生(1991 年度助教授就任、1998 年度教授就任)の「歴史学演習」の一クラスで「歴史とアニメーション」をテーマにすることが始まり(小出正志と複数教員担当)、これは現在でも「ハイブリッド特別演習」として継続している。

 

 

 

最大の転機は1999 年度に始まり、2000 年度にプロジェクトとして準備が行われた当時のデザイン学科メディア造形専攻デジタルメディアデザインコースを再編しアニメーション専攻領域へと独立させたことである。1999 年度、当時のデザイン学科メディア造形専攻(現・メディアデザイン専攻領域の前身)の専任教員3 名の退職に伴い、同専攻3 コースの内の「デジタルメディアデザイン」を再編する必要に迫られ、2000 年に再編プロジェクトが発足し、その中で同コースをアニメーションで再編するという方針が打ち出された。

プロジェクトにアドバイザーとして参加していた木船徳光先生が2001 年度に専任として着任し、デジタルメディアデザインコースの指導にあたると共に2 年間の準備の末、2003年度に東京造形大学造形学部デザイン学科アニメーション専攻領域は開設された。

背景としては2003 年度より東京造形大学の学科・専攻が再編され、デザイン学科9 専攻領域、美術学科2 専攻領域となったことがある。デザイン学科の中にサステナブルプロジェクト専攻領域と共にアニメーション専攻領域が新設された。

 

 

同時に教育課程も改められた。アニメーション専攻の入学定員は30 名だったが、大学側の予想に反して入学辞退者が少なく第1 期生は44 名が入学し、定員の1.47 倍の新入生という波乱含みではあるが予想以上の人気を集めたスタートとなった。以後、15 年に渡る東京造形大学アニメーション専攻の歴史が始まったのである。

東京造形大学

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